包丁を研いだら人生変わるか?

-世界共通のジンクスと縁起-

 

刃物のイメージ

刃物といったらどんなイメージがあるでしょうか。
やっぱり銃の規制された日本では「凶器」のイメージが強いかとおもいます。持ち歩ける刃渡りはどんどん小さくなって、ダイビングナイフなんかは「いざという時、使い物になるのか」と不安になるほど小さくなってしまいました。

 

刃物と縁起

さて、刃物を縁起で考えるとどうでしょうか。
昔は「結婚祝いに贈ってはならない。縁が切れてしまうから」と言われたこともあるようです。 ちなみに僕は引き出物に柳刃包丁を選びました。「その人とは縁を切りたかったので」という失礼な意味では、ございません。 単純に釣った魚を刺身にする、専用の包丁を持っていなかった事もありますが、違う理由があったのです。それは・・・

 

「刃物は災いを断ち、未来を切り開く」

という意味があるからです。魚から災いまで切れて、未来まで切り開くとは、自営業者には一石三鳥ではないか! そして先述の「縁まで切る」かもしれないので、5円玉を返してもらうというのがワンセット。刃物と御縁(5円)の贈り合いです。

 

海外にもあったジンクス

 

面白いのは、日本を離れて海外でも同じ文化があるということ。
試しに「 knife gift 」で検索すると「 bad luck 」と予測変換されます。そして記事を見れば『刃物には縁を切るというジンクスがある。しかしコインを返すことで友情は深まる』と書いてあります。 場合によっては「刃物と硬貨を一緒にあげて、硬貨だけ返してもらう」なんて事もあるようです。

 

「切れなくなったら?」

さて、刃物と縁起について書いてまいりました。
僕はなんでもかんでも調べるのが好きで、上記の情報に行き着きましたが、ふと疑問なのは「それ切れなくなったらどうなの?」と思う訳です。『切れない包丁で未来が切り開けるのか?』という感じですね。 縁起とジンクスの話ですから、まったくどうでもいい話ですが、実は僕は包丁を研ぐのが好きなんです。

 

とにかく研ぐ

もう包丁を研いだ後は、試し切りの魚を買いに行きます。普段は魚を買いません。頻繁に釣りへ行くので、わざわざ買う気がしないのです。 それでも買いたくなるほど、真剣に包丁を研ぎます。

 

美味い料理をつくりたくなる。

研いでいる時間も好きです。心を空っぽにして、一定の方向へ、一定の角度で、一定の加減で研いでいきます。 自分の気持ちまで研ぎ澄まされた気になります。 そうやって研いだ包丁を使っての料理、これを失敗する訳にはいきません。 細心の注意で料理しますから、研いだ日の料理は美味いのです。 (だいたい天ぷらですがね)

 

すると良い仕事をしたくなる!

そして美味い料理を食べた後には、良い仕事をしたい気分になります。 仕事の為の身体、身体の為の料理、料理の為の包丁です。 ここで良い仕事をしなくては、総崩れになる気がしてなりません。 だから良い仕事をしようと頑張ります。 ところで仕事は何の為にするんでしょうか? 良い人生の為ですね。

 

 

おっ!そう考えてみますと、研ぎと包丁は人生を支えている!延いては人生の未来を切り開いている!? そんな風に思えるではありませんか!!

 

ところで今日、包丁を研いでから何の仕事をしたと思いますか?なんとこの記事を書いたのです。上手く研いだ包丁で、美味い料理を作って、良い仕事をしなくてはならないんでしたね。 この執筆が良い仕事となる為には、みなさんの「いいね!」や、サイトへのアクセス数が決定することになります。 おっと、これは新手の戦略か何かでしょうか・・・ 変な所に着地しそうなので、軌道を修正しましょう(笑)

 

最後に。

実は先日リサイクルショップで包丁を買いました。雨ざらしでゴミのように鎮座していた包丁。なんと50円。 僕はそれを丁寧に研ぎました。そして美味しい料理を作って食べました。 この幸せな時間にお金はほとんどかかっていません。 50円で買った包丁を100均の砥石とサンドペーパーで研ぎ、半額になっていた魚と野菜を天ぷらにしただけです。 それが幸せでした。

 

是非みなさんにも、一度は包丁を本気で研いで頂きたい。 美しく光沢する刃先を見れば、絶対に使いたくなります。 そしてそれを使うとき、最初の料理は美味しく作りたくなるはずです。 美味しい料理を食べる幸せ。食べた人に喜んでもらう幸せ。そしてそれを自分で作った満足感。 そういった感情は、豊かな人生の基本ではないでしょうか。 食という視点に限ってみれば刃物の「人生の未来を切り開く」という縁起担ぎも、なかなか過言ではないと言えるように思います。

 

 

いかがだったでしょうか。刃物、とくに包丁とその縁起について、僕自身の経験と考えをまとめてみました。 多少強引な結論であったかもしれませんが「食と身体と人生は繋がっている」という思いは揺らぎません。 ぜひ皆さんにも、そのあたりに想いを馳せていただいて、人生の豊かさと食、延いては包丁の関係性に、新たな気付きがあれば幸いです。