映画『シングルマン』から見る60年代アメリカ、シグネットリングの歴史にもふれて。

レトロファッション観察記、初回拡大号

映画『シングルマン』から見る60年代アメリカ、シグネットリングの歴史にもふれて。

『シングルマン』という映画をご存知でしょうか。2009年に公開されたアメリカ映画で、なんと監督はトム・フォード、初監督にしてアカデミー賞を含む多数の映画賞にノミネートされ、主演のコリン・ファースは複数受賞もしています。

残念ながら当時の僕は、トム・フォードがどこの誰で、この映画がどのくらい素晴らしいものなのか分かりませんでした。 なんとなーくオシャレ映画として認識していただけです。

 

さて、監督のトム・フォードって誰でしょう。
簡単に言うと破綻しかけていたグッチを立て直した人。その功績は95年から96年の1年間で売り上げを10倍にしたと言われています。後に独立してブランドとして『トム・フォード』を立ち上げますので、ブランド名でもあります。

そんな凄腕デザイナーが監督する映画です。きっと当時の期待は凄いものだったのでしょう。公開前の興奮を味わえなかったのが残念です。

wikipediaより画像引用

さて、監督についてはそれくらいにして映画の内容に触れたいと思います。時代は1962年のロサンゼルス。長年の恋人を失ったショックで、自殺を企てる大学教授の一日がメインストーリー。 しかしテーマは「孤独」と「同姓愛」です。 つまり亡くなった恋人は男なんですね。 アメリカにおいて62年以前の同性愛はソドミー法違反という事で重罪でした。 そんな転換期を舞台に、登場人物それぞれの孤独感が重なり合っていくお話です。

 

 

もっとストーリーの重厚さについて語りたいところですが、このコラムは『レトロファッション観察記』ですので、今回はファッションと時代背景にフォーカスしていくことにしましょう。

最初にざっくり言います。とにかくネクタイが細いです。ナロータイ。そしてネクタイが細いとバランスをとるためにラペルが細くなる。つまり全体にモード感のあるスーツが楽しめる映画でした。

この時代に多かったスタイルです。なんといっても当時の大統領ケネディも細身のネクタイを着けています。

 

wikipediaより画像引用

以前ファッションオタクの友達が「経済状況がスーツに反映される。経済が悪いとタイとラペルは細くなり、上着もシングルになる。生地を節約するからだ。」と言っていたのですが、真偽の程は分かりません。今度、ソースを確認しておきます。

しかしながら、62年は冷戦の中で一番危うかったとされる「キューバ危機」がありました。劇中にも主人公の同僚が核シェルターを作ったという会話がコミカルに展開されていまして、経済的な不安感はあったのだろうと思います。

 

さて、ファッションについて、もっと細かく見ていきましょう。
僕が気になるのは、指輪です。主人公は左手の小指にゴールドの指輪をしていて、中盤で細めの指輪も同じ指にはめます。

細い方は母の結婚指輪だそうですが、僕は懐疑的です。「これ、恋人に渡すつもりだったんじゃないの?」と思わずにはいられません。

さて、太いほうの指輪ですがこれはシグネットリングと呼ばれるものです。もともとは印鑑のような役割で使われるもので、なんと起源は紀元前3500年にもさかのぼり、聖書にもそれらしきものが登場します(ダニエル記6:17)

基本的に手紙などの差出人を証明するもので、そこには個人やファミリーの紋章が左右逆で彫ってありました。なんと中世の貴族では、誰もが持っていたようです。 それが16世紀から左右反転していないリングが登場し、徐々に貴族だけに留まらず、裕福なファミリーもシグネットリングを着けるようになりました。

それは指に着けるものですから、雑には扱えません。つまり『この手は肉体労働に使わない』という意味を持ち、それが貴族やブルジョワ階級などの成功者である証となっていたのです。実際チェーンに繋いで持ち歩いたり、金庫で保管する人も少なくなかったようです。

そしてシグネットリングは、基本的に父から受け継がれるものです。 また親子でそれぞれ身に着ける場合は、父親が死亡した時点でその指輪は破壊されることが多いです。法的な効力を持つ場合も多く、歴代のリングがあると盗難などに対してリスクが高いからです。 そういうわけで、とにかく主人公は良い家の出身であることが分かります。 劇中の説明ではイギリスから来たという事でしたので、大英帝国時代イギリスの名家出身という事なのでしょう。

 

今度は主人公の乗る車に注目してみましょう。


レトロというか、クラシックでオシャレな車です。よく見れば、なんだか日本でもなじみのあるエンブレムが付いていて、これがベンツだということが分かります。

調べてみると、57年製220S、通称ポントンだと分かりました。Sクラスだそうですが、他のクラスは、Sから、E、C、B、Aと下がっていくようです。 つまりかなり良い車に乗ってるんですね。

そしてそんな車に、若いラテン系兄ちゃんのカルロスは平然と腰掛けてタバコを吸います。ちなみにカルロス役のジョン・コルタジャレナは公開当時「最も活躍している10人の男性ファッションモデル」において8位。どおりで存在感があります。

wikipediaより画像引用

車の話題から離れまして、このカルロスと主人公がぶつかって落としたお酒はタンカレーです。 主人公の友達チャーリーが頼んだもので、イギリスを代表する定番ジンであり、また劇中にチラッと登場するケネディ大統領が好んで飲んでいたとされています。

僕はお酒が好きなので、さらにファッションから離れてお酒の話をしますと、主人公が大学で隠れて飲んでいたウイスキーは、ノースポートと呼ばれるシングルモルトのスコッチです。


残念ながら映画の制作時には既に蒸留所が解体されていて、市場に出回っていない品でした。 実は上のタンカレーは何度か飲んでいて、さらにランクの高いタンカレー№10にも手を出しましたが、このノースポートをどうにか買おうとすると700ユーロもします。 なぜ監督があえてノースポートを選んだのか、主人公の出生地と関係があるのか、どんな味だったのか。気になって仕方ありません。 東ハイランド産なので、同じ地域でシングルなら似ている味があるかと調べましたが、ハイランドウイスキーは地域での統一感が薄いらしく、それで諦めたのでした。

 

 

さて、話題を戻しましょう。
主人公がチャーリーと例のタンカレーを飲みながら、おしゃべりを楽しむシーンでは、どんどん盛り上がってダンスを始めます。 これがツイストなんですね。

62年当時のヒット曲『グリーンオニオン』に乗せて、ノータイで大きく開いた胸元と崩れたチーフ、腕元でカフリンクスをチラチラ見せながら、余裕感のあるツイストダンスです。 主人公役のコリン・ファース、最高にセクシーです。 お姉さま方も、そのケのある男性方も必見です。

ツイストほどスーツに合うレトロなダンスはないと思っています。同じスーツの似合うダンスでも、昔の社交ダンスのようにクラシック過ぎず、最近のポッピンやロッキンほどトレンディではない。 最高にレトロを感じるのがツイストです。 他の映画では『パルプ・フィクション』で、ジョン・トラボルタとユマ・サーマンがツイストしてます。ツイストが気になりましたら、そちらもお勧めします。

 

そうして物語は終盤になっていきますが、結末には触れないようにしましょう。 終盤に登場します水兵達のファッションや、また序盤の学生たちのファッションにも注目で、一人一人見ていくと新たな発見があったりします。

 

最後に1960年前後の関連文化を紹介します。 まずイギリスではビートルズが活躍し始め、アメリカのプレスリーが先輩です。さらにプレスリーの先輩でシナトラがいました。 そしてシナトラとマフィアにつながりがあったという話は、映画『ゴッドファーザー』でジョニー役のモデルになっています。

日本は高度経済成長期で、美空ひばりが歌謡界の女王と呼ばれている頃。64年が東京五輪。65年に現テイジンが日本発のミニスカートを発売し、67年のツィッギー来日で本格的にミニスカートが流行ります。当時、首相夫人が64歳で着用したそうです。 ちなみにツィッギーとビートルズの活躍は、同じ国、同じ年代でかぶっています。 それからチェ・ゲバラの活躍もこの頃です。

いかがだったでしょうか。第一回『レトロファッション観察記』は拡大号でお届けしました。意図に反しまして、いかに僕がお酒とミニスカートが好きなのかをお伝えしてしまいました。

さて、映画を中心に音楽や日常の中からレトロを観察し報告していくコラム『レトロファッション観察記』

主にメンズジュエリーとスーツの関係性について考えながら、メンズファッションの歴史、時代背景、はたまたお酒や車に至るまで、「今ここにあるレトロ」を楽しみつくす連載シリーズ。 レトロファッションの参考に、またレトロファッションへの入り口として頂ければ、幸いです。 次号もどうぞご期待下さい。

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